村民の間で流行っているウィークリーマンション

私が育った村には中学校までしかなく、高校からは下宿生活をしなくてはならない過疎な地域でした。

村内に学習塾はなく、村でも裕福な家庭の子供は、中学校から私立校に通うため母子ともに都市部へ引越し、父親だけが村に残っていました。実家が裕福でない子供は、学校の先生が授業後に勉強をサポート、夏休みには大学へ進学した卒業生がチューターとしてサポートするのが村の習慣でした。

高校受験を控えた私は進学校を目指しており、先生などの勧めがあって都市部にある大手学習塾で夏期講習を受けることになりました。

都市部に知り合いがいない私は格安ホテルを当初探していましたが、夏期講習の時期は受験生が押さえてしまうためどこのホテルも満員、困り果てた時に目にしたのがウィークリーマンションでした。

私の村では4階建ての学校が唯一の高層建物でマンションは一件もありませんが、テレビコマーシャルでウィークリーマンションの存在は知っていたため、ダメ元で問い合わせてみると一部屋だけ空いており即決しました

。ウィークリーマンションの外観は普通のマンションと同じ、玄関にはホテルと同じで受付があり、田舎者の両親は持参した土産を受付のおじさんに渡していました。受付で手続きを終えると部屋の鍵を渡され、空いていた部屋は受付と同じ1階、両親と中学生の私は受付が近いことに安堵しました。

部屋の装備は我が家と変わらず、近所には24時間営業のコンビニがありました。その日の夜に両親は帰宅、1人残った私はテレビのコンセントを抜いて勉強、翌日からは夏期講習を受けるため徒歩で学習塾に通いました。

昼食は学習塾で、夕食と朝食は失火を恐れ近くのコンビニで済ましていました。

受付のおじさんの話では他にも数人ウィークリーマンションを利用している受験生がいましたが、顔を合わせても会釈程度、他の利用者も同じでした。

携帯電話もスマホもない時代であったため、実家からの連絡は受付のおじさんを通して、週末に両親が訪れる時には世話になっているおじさんに手土産を持参していました。

中学三年生の夏をウィークリーマンションで過ごした私は、翌年に第一志望の高校に合格、報告がてらおじさんを尋ねると笑顔で迎えてくれました。

お礼を済ませ、4月からは近くで下宿するから宜しくお願いしますと言うと、「4月からマンションを借りられたから僕はいないよ」と言われました。

受付のおじさんは、ウィークリーマンションの社員さんではなく、マンションが見つかるまでの臨時アルバイトでした。高校では下宿生活のためウィークリーマンションを利用することはありませんでしたが、私の村では夏季には学生が夏期講習の為に、農業閑散期にはスーパー銭湯や病院へ通うためにウィークリーマンションを利用することが流行っています。

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